![]() ![]() ピッツェリアでの研修の後、ナポリの街の観光です。ナポリ大聖堂などの教会を見学しながら、市街地を歩きました。大聖堂では結婚式があったようで、まるでモデルさんのような花嫁花婿が祝福を受けていました。この日は町のあちらこちらでいくつものカップルを見かけました。気候が良いのでイタリアでも10月は結婚シーズンなのでしょうね。![]() ナポリの街とベスビオ火山が一望できるヴォメロの丘は外せない観光スポットです。 バスを降りて、しばし自然と街が織りなす風景を楽しみました。生憎この時はベスビオ火山に雲がかかりちょっとがっかりな景色でした。でも何とか映ったので、良しとしましょう。青い空と青い海、火山、オレンジがかった色の建物、よくメディアなどで見かけるナポリの景色です。ナポリにいることを実感できる場所でした。 ![]() サンタルチア港の小島に突出して作られた要塞、卵城です。時間がないので、ここはバスの中から眺めただけ・・・。画像もバスの窓越しに撮ったので、こんな感じです。はい、タッチ!という感じですが、目に焼き付けたのでOKとしましょう。 本当に大急ぎですが、ナポリ観光終了です。次は明日のパン屋さん研修に向けて、パンの村アルタムーラへ向けて移動です。
ローマからそのままナポリへ移動・・・。翌日はナポリのホテルで目が覚めました。
ナポリでの一番の目的は、ピッツェリアでのピザ作りです。 ナポリは南イタリアの都市、世界遺産でも有名な場所です。特に下調べもなく歩いたナポリの街は、ごみごみと車も無秩序に走っています。ガイドさんもゴミ問題の話をしていました。でも、これがナポリ!ゴミはないほうが良いけれど、南イタリアの風情の一つではないかと感じました。 ビルに囲まれ、洗濯物が風に揺れている、ずいぶん前に行った香港の裏通りを思わせるような町を歩き、着いたのがRISTORANTE PIZZERIA ALBERTO'Sです。おお!これが本場ナポリのピザ窯です。 いかにもイタリア~ンな薫りいっぱいのこのお兄さんが、私たちにピザの作り方を指導してくれます 。ピザ生地を伸ばすには、クルクルと皿回しのような光景をTVなどでで見かけますが、ここでは右と左の手の平を行ったり来たり回しながら伸ばす方法を習いました。まあ、クルクル回すのは習ってもできませんが・・・。^^; 自分で作ったピザは、窯に入れるのも出すのも自分で・・・。お兄さんの指導の下、みんなちゃ~んとお店に並んでるようなピザができました。ピザの焼けている後ろに火が見える風景、良いですね~♪火が燃えているので、ピザ生地の縁にまだらな焼き色がつきます。途中ピールで方向を変えるのは少し難しかったけど、楽しい経験をしました。 ピッツァ・マルゲリータ、これが本場ナポリのピザで!さあ、いよいよ試食タイムです。ロンドンからローマへ、そしてそのままナポリへ・・・。前日から慌ただしい時間が過ぎましたが、ビールなど添えてホッと一息ランチタイムです。大きなピッツァ・マルゲリータが一人1枚、それにサラダとブルスケッタ、デザートにティラミスまで!もう動けないくらい!お腹がナポリでいっぱいです♪ ALBERTO'Sはリストランテも兼ねているピッツェリアなので、おいしそうなイタリアンのデリが並んでいます。ナポリの住人はこんなデリをがっつり食べながら、ワイングラスやビールジョッキを片手におしゃべりに興じるのでしょうね。
驚くなかれ、7年前のイタリア旅行記をまた書くことにしました。訳を話すと、画像の入ったCDを紛失して書けなかったのです。それが、ないないと思っていたCD、他のCDと重なって入っていました。私の整理力のなさには我ながら驚いてしまいます。でもでも、見付けた時は本当に嬉しかったです。旅行記作りはさて置き、せっかくの思い出が画像で見られないのは悲しいことですから・・・。
という訳で、旅行記の再開です。古い記憶を辿り寄せながらですから、どれだけ書けるかわかりませんが、とにかく記録として残していきたいと思います。「2004イタリア」というカテゴリーをクリックしていただくと、最初から見ることができます。と言っても今現在ローマ到着の空港での様子のみですが・・・。 2日目は内子町の散策です。山荘を出て1番に行ったのは道の駅内子フレッシュパークからりです。道の駅でたっぷり農産物を買い込んで向かったのは、内子の町並み。まずは内子座の見学から・・・。内子座の名前を聞いたことがありますが、目にしたのは初めてです。創建は大正5年、その後取り壊しの危機を逃れ、昭和60年から今に至っているそうです。 私はこのような古い芝居小屋を観たのは初めてです。舞台下の奈落には、回り舞台やせり上がりの装置もあり、興味深く拝見しました。昔の装置は、今でも使えるように少しずつ補修されていました。古いものを今風にアレンジすることなく、そのままの姿で現代の芸能を披露する。これが本当の意味の保存なんだと思いました。 内子座のチケットには他に2件見られるセットの件があったので、後の2件も見ることにしました。因みに内子座だけなら¥300、セットなら¥390です。ここは商いと暮らしの博物館、江戸から続いた商家(薬屋)の大正時代の生活を見せてくれています。人物模型と台詞が流れ、ちょっとリアル過ぎる感じもありましたが、興味深いものでした。 こちらは暮らしの博物館の2階から見た、屋根が続く景色です。私は古い町並みの屋根の続く風景が何とも言えず好きなので、出会う度に思わずカメラを向けてしまいます。余談ですが、倉敷にもこんな風景があります。次ページの中ほどに画像があります。小さな画像ですが、もしよかったら見てください。 ![]() 暮らしの博物館を出て、しばらく歩くと八日市護国の町並みにでます。内子は蝋燭の原料の木蝋と生糸で栄えたところだそうです。この先には木蝋資料館 上芳我邸があります。 途中本芳我家住宅の辺り、ちょうどこの画像の場所で、急に雨が降ってきました。通り雨ですぐに止みましたが、知らないお宅の軒先をお借りしました。その間数分ですが、タイムスリップしたような感じがしました。 木蝋資料館 上芳我邸です。木蝋とは、ハゼの実から作った和ロウソクの原料のことです。私は蜜蝋のことは知っていましたが、木蝋のことはここに来るまで知りませんでした。こうして旅をすると、知らないことに触れることができます。アラ還にして勉強不足の私、まだまだ知らないことがいっぱいあるのでしょうね。旅は少しだけ私を賢くしてくれます。 内子の市街地を離れ、北の方向へ少し山道を車で行くと、屋根付き橋の田丸橋があります。内子には何か所かこういう屋根付き橋があるようです。屋根の役目は、橋の腐食を防ぎ、かつて炭の生産が盛んだったころには、出荷の際の保管場所に利用されていたそうです。のどかな風景です。最後に訪れたのは、泉谷の棚田です。以前但馬で棚田を見て以来、棚田の風景の魅力に惹かれるようになりました。宿で見た観光ガイドに内子にも棚田があることを知り、訪れました。 ![]() 日本の田舎風景、努力して守ってくれる人がいるから、私も触れることができます。のどかな田舎の景色を満喫させてもらった2日間でした。宇和島や内子の方々、ありがとうございました。 内子で出会ったおいしいものは本館ブログおいしいもの大好き♪に書いています。
年に3回ほど夫の休みの時に、1泊で行かれるドライブ旅行をします。どこか行きたい場所がないときは、まず宿を予約。その場所の近隣で観光する場所を見つけます。今回の宿はじゃらんで見つけた“山荘 山岡”です。山荘山岡は、愛媛県喜多郡内子町にあります。内子は古い街並みが魅力的で、1日は内子の散策、もう1日は夫に任せました。
夫の選んだ場所は、宇和島にある遊子水荷浦の段々畑です。朝8時過ぎに倉敷の家を出発、途中サービスエリアや道の駅などで休憩を取りながら、到着したのが3時ごろだったでしょうか?宇和島は倉敷から結構遠いです。 さあ、見てください!これが国の重要文化的景観に選定されている“遊子水荷浦の段々畑”です。 ![]() この季節、畑にはサツマイモが少しあるだけで、ほとんどは何も植わっていません。見えるのは地面だけで、草1本生えていません。先祖から頂いた大切な土地、草を生やさない努力が日々行われているそうです。草を生やさないのは、もう一つ理由があります。この畑では年に1回ジャガイモだけ栽培するそうです。ジャガイモはナス科の植物で連作障害が出ます。畑を休ませることで連作障害を防ぎ、草を生やさないことで畑の養分を保つそうです。幅50センチほどの狭い畑が続く段畑、土地に対する経緯にも似た愛着と努力が畑を守っていると感じました。 ![]() この段々畑へ来るまでの道のりは、そんなに簡単なことではありませんでした。何時ものおっとっとパワーが炸裂したのです。ここから先は私の愚痴です。怖いもの見たさで読みたい方は次のタイトルをクリックしてください。 おっとっとパワー 今、何かと騒がれている中国、西安に行ってきました。騒いでいるのは日本のメディアだけ、事実ではあるのでしょうけど、現地は静かなものでした。政治的なものはいろいろあると思いますが、旅行者にとっては平和に見える西安の町でした。左の画像は大雁三蔵(三蔵法師)が天竺から持ち帰った経典などが収められている大雁塔です。元は灰色の石造りの塔が黄砂に吹かれてベージュになったそうです。 この旅一番の目的の兵馬俑も想像を超えたスケールでした。旅行記は少しずつボチボチと書いて行きますので、たまに遊びに来て下さい。兵馬俑の画像はおいしいもの大好き♪にUPしています。 今週末、中国の古都西安へ行ってきます。西安はかつては長安と呼ばれ、2000年の間、都が置かれた所です。そして、シルクロードの起点でもあり、三蔵法師も長安から天竺へ旅立ちました。秦の始皇帝の陵墓を守る陪葬物の兵馬俑へは、一度行きたいと以前から思っていました。それが、今回実現します。中国とわが日本は今微妙な関係で、昨日も西安を含め各地で大規模デモがあったそうです。少々不安を感じないではありませんが、まあ大丈夫でしょう。久し振りの海外、そろそろ準備をしなくてはいけません。
バッチャン村の後は、ハノイ市内をシクロでお散歩します。シクロはベトナムの自転車タクシーのことです。自転車で引くのではなく、乗客の席が前なので、押して運転します。個人で乗るには交渉が難しいようですが、私たちはツアーの一部なっていました。ハノイの一番賑やかな場所をシクロで観光しますが、車もバスもバイクも自転車もみんな同じ車道を走ります。シクロだって同じです。バイクが前を横切ったり、車が寄ってきたり、目の前でバスが急に駐車し始めたり、徒歩で道を横断するより危険な匂いが・・・。
![]() ![]() それでも、風を切っての観光はちょっと爽快です。シクロを降りて歩くと、道端で物を売っている人を見かけます。ほとんどがフルーツを売っています。 ![]() ![]() 夕食の後は再び空港へ・・・。そして真夜中のフライトで帰国の途につきます。 あぁ、本当に急ぎ足の旅でした。また機会があったら今度はゆっくりのんびり過ごしたいなぁ~・・・。
昼食後、ハノイから30分程の焼き物の里バッチャン村へ向かいます。ハノイに来た目的は、ハロン湾の景色とバッチャン村なので、若干テンションが上がり気味です。
![]() ![]() 職人さんが絵付けをしている工房を見た後は、牛車で村の中を移動します。静かに時が流れている雰囲気が、気持ちを和ませてくれます。 ![]() 町並みは、ハノイと同じベトナム風フレンチの建物が続きます。何気ない路地も旅情をそそります。若干観光化はされていますが、田舎なので素朴な雰囲気が漂っています。焼き物好きな私にとって、訪れて良かった場所でした。バッチャン焼きはこんな↓焼き物です。ベージュがかったベースに、赤や藍の模様が特徴です。 日本でも見かけますが、ここで無ければ手に入らない物もいっぱいです。私は陶磁器の里を訪ねた時は、記念にカップ&ソーサーを買うことにしています。今回もペアのカップ&ソーサーを購入しました。そして、この器も・・・。良い買い物ができました。やっぱり、来てよかった♪
旅程最後の日、朝の散歩の後は荷物を持って市内観光に出発です。
まず最初はホーチミン廟へ・・・。ベトナム建国の父ホー・チ・ミンの遺体が安置されていて、毎日お参りが絶えない所だそうです。ホーおじさんの名は、ベトナム戦争の頃良く耳にしました。私が中高生の頃のことです。1969年に没後ここにずっと遺体が安置されているそうです。不思議な感じがしますが、ベトナムの人にとって特別な存在だと言うことが良くわかります。 ホーチミン廟の外は広い公園になっています。芝生の草取りをしている姿に旅情を感じました。以前に南部のホーチミンを訪れた時には、農家の方の作業服や、女子高生の制服のアオザイに程よい旅情を感じたものでした。ここハノイではあまりそういう姿を見かけることはありません。首都だから、服装も都会化されているということでしょう。 その他に、柱が1本で立っているという一柱寺や文廟(孔子廟)を見学して、午前中の観光は終了です。 ![]() ![]() ランチはブラザーズカフェでのんびりゆっくり・・・。午後からは陶器の村、バッチャン村へ向かいます。
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こちらはパン作りと旅行記のHP野のはな通信の別館です。 体力に自信は無いけれど、どこにでも出かけて行きたい気持ちはたっぷり。 きままな旅が大好きなtampopoが、ついつい溜め込んでしまった、ちょっと古い旅の記録も少しずつ紹介します。 カテゴリ
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